人はオレを天才と呼ぶがいやいやそうじゃないす。
 
大天才す。
 
ウソです。人は誰も呼んでくれないので自称っす。
 
インターネットの本質を「顧客参加型市場が到来する」
 
と見抜いて「お祭り型市場」とネーミングしたのが1999年。
 
本に書いてます(タイトル忘れた)。
 
 
いま、実現してる。
 
Twitterもフェイスブックもインスタも、
 
「場」を提供するだけで、コンテンツは
 
顧客つまりオレたちが作っていってる。
 
考えてみればGoogleの検索エンジンも、
 
オレたち人類が毎日まいにちワードを入れ続けることで
 
「AI(人工知能)のエサ」を与え続けている、つまり育てている。
 
参加型市場だ。
 
で、今朝夢が教えてくれたのだけど
 
「テクノロジーが価値観を決定する」
 
詳しくは『アートを楽しむ』オンラインに書いたが
 
(今からでも参加可能ですよー。4月からのバックナンバー全部読めます。
 
講座は9月まで。月額17,000円税込)、
 
ブログでは違う観点からお話します。
 
多部未華子ちゃんのドラマ『私の家政夫ナギサさん』
 
注意深く観察した。多部ちゃん演じる20代後半のヒロインの自宅にテレビがあるかどうか。
 
全体を見ることができないので断言はできないが、テレビは、ない。
 
忙しいMRという職業柄、自宅にいるときもノートパソコンを
 
にらんでいるからテレビを観るひまなんてない、
 
というのもあるだろうが、
 
そもそもテレビ視聴という習慣がないんじゃないか。
 
「テレビばかり観てないで、勉強しなさい!」
 
というのはカツオがサザエさんに叱られる時代で
 
終わってしまったのかもしれない。
 
ちびまる子ちゃんがお母さんに叱られる時代で
 
終わってしまったのかもしれない。
 
そういう意味で日曜6時台のこれらのTVアニメは
 
誰に向けて放映されているんだろう。
 
観てるけど
 
・・・って、あ、ということは
 
オレくらいの60代以上の高齢者向けの子どもアニメか。
 
教育改革は小学校からやらないとあかんと思っていて、
 
それはスマホを触る年齢になったら、
 
学校の教科書がつまらないからである。
 
教科書の知識は「過去」、
 
「検索」イコール「過去」であり、
 
それはスマホがやってくれる。
 
だから子どもたちの教育は、知識を超えたもの、
 
テクノロジーにはできないものにしないとあかん。
 
アートだろうね。
 
*写真は飛行機から見下ろした仁徳天皇陵たち。
 
古墳時代の人々は、「高いとこ」を作るテクノロジーがなかった。
 
古墳に埋葬する人へのリスペクトを、
 
「床面積の広さ」で表現した。
 
テクノロジーが決定づけた価値観だ。