マーケティングで有名なケースがある。

発展途上の国に派遣された靴メーカー社員2人。

国民はみんな裸足だった。

社員2人の報告は違った。

A君は「ダメです、全く見込みがありません。ここの人々は靴を履きません」

B君は「無限の見込みがあります!」

20年以上も前、当時勤務していた旭化成の販売店経営者向けイベントの

スライドで同僚が図にして使っていた。

意図は、市場創造だったのだが、販売店社長たちは

「オレたちは未開人か!」

とトンチンカンに怒っていた(笑)。

朝日新聞の天声人語(2013年1月4日付)筆者は『笑いのこころユーモアのセンス』(岩波書店)

で知った「ユーモア」物語らしいが、勉強不足も甚だしいのであって、

これは古典的な「市場創造の重要性を説くためのマーケティング・ケース」なのである。

元『週刊朝日』編集長・川村二郎氏が『マグナカルタ』誌創刊号(→)

嘆くように(p.102)、天声人語は全く持ってパワーダウンしているのが

こういう事例からもわかる。でも基本「上から目線」は変わらないから、

「後者の、悪くいえば能天気、良くいえば前向き思考は捨てがたい。今の

日本に欲しいのは後者のような元気者では」

と威張っている。腹立つよね、この言い方。

腹立ったから、マーケティング教科書にも背いて、「見込みが全くない」

と報告したA君の味方をしてみよう。

B君のアプローチは、かつての企業戦士のそれである。

南洋で幸せに暮らしている人たちをそそのかし、ビジネスに精を出すように

けしかける。

「もう、楽に楽しく暮らしてるんだよ。これで十分なんだ。そこまで

して、どんないいことがあるんだい?」裸足の彼は、聞く。

B君すかさず答える。

「お金が儲かったら、そのお金で南の島でゆっくりのんびり暮らせます」

A君はこういう。

「裸足で幸せに暮らしているようですね。ぼくも靴を脱いで、ここで暮らすことに

します。ところで、どうやったらそんなに幸せに暮らすことができるんですか?

ひとつ、教えて戴けませんか?」

ぼくはね、BOP(→クリック!)とかさ、あるいはバングラデシュで工場建てて、

そこでできた製品を日本で売るなんてことするビジネスにさ、前からざらついてる

んですよ。

人類にとって、幸せのものさしは、10年前と今とでは違ってきていると思う。

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